12月15日 ビッテンフェルトは、柄にもあわず手に花束を持ち、急いでいた。 行き先は、宇宙港のドッグ。 もう、けして宇宙に飛ぶことのないその戦艦は、それでも修復され、装甲も美しく施され、 ドッグの中で帰らぬ主を待っていた。 許可をもらい−と言っても元帥たる彼をとがめるものはいない−中へとはいる。 まっすぐに向かうのは、艦橋。 そこには、まだ彼の血の匂いが染みついていそうな指揮シートがある。 ビッテンフェルトはそのシートの上に、そっと花束を置く。 「よう・・・久しぶりだな」 目の前には、あの金銀妖瞳が微笑んでいる。 ・・・それは、ビッテンフェルトの幻覚だったのか。 「・・・これは、おれの幻想だな。 お前がそんな顔を見せるのは、あいつの前だけだったからな」 金銀妖瞳は、なにも答えない。 本当は明日来ようかと思った。 だが、明日はあいつがきっと来るだろう? おれが邪魔することはないからな、今日来てやったぞ。 感謝しろよ。おれがこんなことをするのは、滅多にないことなんだからな。 あのな・・・お前、おれに『ミッターマイヤーを頼む』と言ったな。 まだ、そう思ってるか? お前がそんなこと言うから、おれは柄にもないことをしてしまったぞ。 どうしてくれる?おれに、こんな花を、買わせやがって・・・。 おれは花屋で、こんなに恥ずかしい思いをしたことはなかったぞ。 大体いるのは若い女ばっかりじゃないか! おれみたいな大男は目立ってしまって、しかたかったぞ。 ・・・こんなことなら、オイゲンにでも頼むんだったな。 ・・・あいつはおれ以上にこう言うときは役にたたんか・・ははは・・・。 でも、『墓参りだ』と言ったら花屋のおやじの奴、納得したような顔をしやがった。 ・・・まあ、そんなこと言ってもキリないな。 ああ、知ってるか?この花。 ・・・え?蘭だろうって?お前らしくもない答え方じゃないか。 この蘭は、新種だそうだ。 墓参りに行くと行ったら、花屋の店主が包んでくれた。 きれいだろう?青と、黒と・・・お前の目のような色じゃないか。 きっとあいつも明日、この花を持ってくるぞ。 あいつ、意外とこういうことには疎いんだ。 花屋の親父に言われたら、きっとその花を買うに違いないんだ。 この花の名前はな、トリスタンというんだ。 ・・・びっくりしただろう?お前の戦艦(ふね)と同じ名前だぞ。 なんでも、専門家じゃなくて、町の愛好家が戦争で死んだ息子を偲んで作ったそうだ。 ・・・もしかしたら、キルヒアイスの親父さんが作ったのかもしれんな。 ほら、あいつの家に遺品を届けに行ったときに、大きな温室があっただろう? あそこは親父さんの温室なんだそうだ。 そうだとしたら、なんとなく悲しいかもな・・・。 なんだ?おれらしくないって? 悪かったな。おれもきっと、あいつの影響を受けているのかもしれん・・・。 ・・・なあ、お前、まだそこにいるのだろう? それとも、ミッターマイヤーの中に、まだいるのか? ・・・なあ、いい加減にあいつを解放してやらないか? おれはつらいよ・・・ときどき、あいつ、まだお前を捜してるぞ。 いつものように笑っていても、おれにはわかる。 あいつ、おまえがいないことにまだ慣れていないんだ・・・。 いや、慣れようという意志がない、と言えばいいのかな? 大体、おれにこんな柄にもあわないことを言わせて・・・。 お前、おれがそっちに行ったときには必ず殴ってやるからな。覚悟しておけよ。 ・・・あのな、おれが・・・ いや、おれたちが、ずっとあいつをお前の代わりに守ってやるから安心しろよ。 ・・・そんなことを言ったら、あいつはおれを一発くらい叩くかもしれんが。 あいつ、あれで結構気が強いからな。 大変なお姫様だ、全く。 そのくせ、寂しがり屋なんだから。困ったものだ。 もう少し、肩の力を抜いたら、あいつも楽になれるのにな。 お前、そろそろヴァルハラに行ってもいいぞ。 おれは、お前の代わりだというのはわかってるんだけどな。 いや。そうじゃないな。 おれでは、お前の代わりにすらなれないのはわかっているんだけどな。 だがな・・・。おれは、あいつをほっとけないんだ。 しかし!お前、ちょっとは顔くらい出したらどうだ? おれだって、お前の友だちなんだぞ! ・・・・・・まてよ。やっぱり、いい。 おれはいいから、明日、あいつに顔ぐらい見せてやれ。 あいつ、喜ぶぞ。きっと。 ん?なんだ?そこに、いるのか? なら、話くらいしてくれよ。 おい、黙ってないで・・・。 『タンポポが・・・』 え? 『タンポポだ。士官学校の、中庭の』 ・・・ああ、きれいだったな。 『あいつも、タンポポだな』 なんだ? ・・・なんだ、もう黙まりやがって。 もう来てやんないぞ・・・おれはもう知らんからな。 お前はミッターマイヤーといちゃいちゃしてろ! あいつにたくさん話をしてやれ! キスぐらいは・・・許してやるからな。 ・・・そうすれば、あいつも、少しは気が休まるだろうさ。 ああ、もう行かなくちゃあな。 お前、今日はきっと忙しいぞ。 明日はミッターマイヤーが来るのはわかってるからな。 みんな、きっと今日、お前に会いに来る。 ヴァルキューレといちゃついている暇はないからな。 覚悟しておけよ! そして、12月16日。 店にはいると、カウンターで小柄な男が右手を軽くあげた。 オレンジ色の髪の大男は、にっと笑って、その横に座る。 「お前、昨日、行っただろう?」 ミッターマイヤーが小さく言う。 「どうしてわかった?」 「蘭の花があった」 「・・・別におれじゃなくても持っていくだろう?」 「花屋の薦めを真に受けそうなのはお前しかいない」 「・・・そうか?」 「ああ」 ミッターマイヤーはいつになく優しく笑う。 ビッテンフェルトはその笑顔を、まぶしく思う。 「・・・お前、会ったのか?」 そう聞かれて、ミッターマイヤーは少し頷く。 「ああ、話してきた。お前は?」 「話してきた」 「・・・なにを、話したんだ?」 「・・・グレーの瞳に蜂蜜色の髪の、いい女の話」 「・・・なんだ、それは?」 「命を賭けてもいいくらいの、最高の美女の話だ」 「・・・」 「・・・飲むか?作ろうか?」 「ああ」 あいつの分も、とは言わない。 ビッテンフェルトも、聞かない。 なにも言わず、グラスを4つ。 ミッターマイヤーと、ビッテンフェルトと、ロイエンタールと、ベルゲングリューン。 「ビューローも誘えばよかったかな?」 ビッテンフェルトは小さな声で、そうつぶやく。 ミッターマイヤーはそれに応えず、無言でグラスを少しかかげる。 「・・・最高のいい女に」 「・・・最高だった野郎達に」 街は、もう、クリスマスの気配だ。 |